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横浜地方裁判所横須賀支部 平成3年(ワ)66号 判決

主文

一  被告は原告に対し金一四四〇万円及びこれに対する平成三年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

一  主位的請求原因(一)及び(二)の各事実、同(四)のうち、送電係長、当直員及び乙山が被告との間で雇用契約を締結し、米海軍横須賀基地で勤務していたこと、米海軍横須賀基地で勤務していた日本人従業員は、同基地内では米海軍の指揮監督を受け、被告との間に直接の指揮監督関係がなかつたこと、抗弁1(一)(3)のうち、<1>の乙山と原告の本件事故当時の所属と職務内容、<2>の原告が本件事故当時フォーマンAの職位にあつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、次の事実を認めることができ、他にその認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和四二年五月、被告との間で雇用契約を締結し、米海軍横須賀基地に発電所電気工として採用されて、同四六年三月、人員整理により解雇されたが、同四九年六月、同基地に発電所電気工として再度採用され、同五六年一〇月まで発電所の運転関係の仕事をし、その間、本件事故のあつたCB-14開閉所の当直員もしたことがあつたところ、同年一一月から、乙山とともにOCBの清掃・点検等の作業に従事するようになつて、当直勤務から日勤になつた。

本件事故当時、原告、乙山及び丙川松夫(以下「丙川」という。)は、いずれも公益事業部の供給課送電係に所属していたところ、乙山は、エンジニアリング専門職として、送電系統全般の企画、運転等の年間整備計画、保護繋電器(リレー)の点検整備の全体計画等のデスクワークが中心であつたが、現場においてリレーの点検協調作業にも従事し、原告と丙川は、送電係の中の維持整備班に所属し、発電所電気工として、OCB及びこれに付属する電線・碍子の点検・清掃、保護リレーの点検協調等の作業に従事していた。なお、丙川は本件事故当時、建物番号A-32の開閉所の当直をするのが本務であつたが、乙山及び原告の作業を手伝うため、臨時に本件事故現場での作業に従事した。

原告らの作業内容は、OCBや電気機器の清掃をし、それが終了した後、リレーの試験や機械の操作試験を行うものであり、職務分担上、清掃や点検作業は発電所電気工である原告と丙川の仕事で、リレーの試験は専門職である乙山の仕事となつていたが、本件事故当時、維持整備班長が欠員であつたため、現場経験の豊富な乙山が、維持整備班長としての職務を事実上任され、三人は一体となつてOCBの清掃・点検等の作業を行つていた。もつとも、乙山は、昭和五八年六月三〇日に定年退職する予定であつたので、乙山が事実上行つていた維持整備班長の職務は、原告が後任者としてこれを引き継ぐことになつており、原告が乙山と一緒に仕事をしたのも、その実務を研修するためであつた。そして、維持整備班長は、フォーマンBの職位に該当するものであつたが、公益事業部は、原告を将来維持整備班長としてフォーマンBに昇格させる予定であつたので、昭和五七年七月一日から原告をフォーマンAに昇格させていた。

2  米海軍横須賀基地は、東京電力から電気の供給を受けていたが、東京電力から供給を受ける電流の電圧は六万六〇〇〇ボルトで、その電圧は受電所(レシーブ・サブ・ステイション)と呼ばれる変電所において六六〇〇ボルトに下げられ、そこから本件事故のあつたCB-14開閉所に二組の送電線路を使用して送られていた。このCB-14開閉所は、崖をくり抜いて造られた施設で、内部は、通路を挟んで両側にOCBのキャビネットがあり、一方にA-6及び7のOCB二個が、他方にA-8、9、10、11、13、14、15のOCB七個が設置され、これらは、送電線路によつて相互に繋がつていた。A-6及び7のOCBは、二組の送電線路によつて受電所と繋がつており、A-9、10、11のOCBは三組の送電線路によつて建物番号B-51の開閉所のOCBに繋がり、A-13、14、15のOCBも三組の送電線路によつて建物番号A-31の開閉所のOCBに繋がつていた。また、これらOCBのキャビネットの近くにはOCB本体のスイッチやパイロットランプが収められた制御卓のあるコントロールルーム(当直室)があり、ここでCB-14開閉所内の各OCB本体のスイッチを開閉するようになつていた。OCBキャビネットの上部から開閉所の天井にかけては、送電線路や清掃・点検作業をする際の足場等が多数組まれて、これらが交錯していた。各OCBの一次側スイッチ(電流が入る側)及び二次側スイッチ(電流が出る側)は刃型スイッチと言われるもので、一次側の刃型スイッチは両側のキャビネットに挟まれた通路の天井近くに設置され、二次側の刃型スイッチはOCBキャビネットの上部に設置されていた。この刃型スイッチの開閉は、長さ三メートルのジスコン棒を使用して行うようになつており、コントロールルームではその操作を行うことができなかつた。

原告らが担当した本件事故当時の作業は、CB-14開閉所のOCBの清掃・点検であつたが、このような清掃・点検作業は、年一回の割合で定期的に行われ、いつ、どこの開閉所について作業を行うかは、送電係長及び乙山が作成する停電計画によつて決められていた。この清掃・点検作業は、まずOCB本体及び一次側・二次側の各スイッチを切つてから行われるものであり、CB-14開閉所では、その内部が薄暗かつたので、その都度作業灯や投光器等を設置し、作業現場を明るくして作業を行つていた。

3  昭和五七年八月一九日、乙山、原告及び丙川は、CB-14開閉所のOCBにつき定期的な清掃・点検等の作業を行うため、午前八時ころA-31の建物内にある更衣室に集合し、事務所のあるA-32の建物の前で朝礼に参加した。その後、乙山は、原告及び丙川に対し、A-31建物内にあるOCBのスイッチを切るよう指示して、A-31建物で行われた打合わせ会議に出席した。乙山がこのような指示をしたのは、本件事故のあつたA-13のOCBからA-31開閉所内にあるF-7のOCBに電気が流れていたためである。原告と丙川は、乙山の指示に従つて、F-7のOCBへの電路を遮断した後、CB-14に向かつたが、途中原告は工具箱の鍵を忘れたため、これを取りに行つた。丙川のみがまずCB-14のコントロールルーム(当直室)に行き、当直員の石井某と雑談をしていたが、そのうちに、原告もコントロールルームに来て、乙山が来るのを待つた。乙山は、午前九時二〇分ころコントロールルームに来て、一〇分くらい原告らと雑談をした後、作業開始の合図をし、乙山を先頭にコントロールルームを出た。原告らがコントロールルームで雑談をしていた際、OCBのスイッチのことは話題になつていなかつた。

乙山は、コントロールルームのA-13のスイッチは当然切れていると考えていたので、その場で右スイッチが切つてあるかまでは確かめなかつた。また、丙川も右スイッチが切つてあるか否かを確かめなかつた。

CB-14開閉所には、合計九個のOCBのキャビネットが、通路の両側に並んでいるが、乙山は、これら左右のOCBの前を通つて、工具箱を置いてあつた反対側の出入口付近まで行き、工具箱から作業灯三灯と投光器二台、電工ドラム一個を持ち出して、A-13のOCBの前あたりに運び、再度工具箱の所に行つて、はしごを持ち出し、これをA-13のOCBの前まで運んだ。この間、丙川は、工具箱から作業用の道具を取り、乙山と二人ではしごを持ち出していたが、原告がどのような作業をしていたかは不明である。その後、乙山は、はしごを立て掛けたり、投光器を取り付けたりし、丙川は、投光器を取り付けるために延長コードを引いたりする準備をしていた。この投光器を点けていないころ、乙山及び丙川は、原告が「検電します。」と言う声を一度聞いた。もつとも、乙山も丙川も原告がどこの場所を検電したのかまでは確かめていなかつた。その際、検電器が警告音を発したことはなかつた。

その後、乙山は、検電器と接地金具を取りに工具箱の所へ行き、工具箱からこれらを取り出して後ろを振り返つたところ、原告がA-13のOCBのキャビネットの上に上がつて清掃作業をしているのを見た。そのため、乙山は、A-13には電気がきていないと思い、接地金具を道具箱に仕舞つて、A-13の方に戻つた。また、丙川は、検電器を持つていなかつたが、投光器を点け終わつて、マスクを着けながら上の方を見ると、原告が二次側のほこりを払つているのを見たので、電気がきていないと思い、マスクを付け終えてキャビネットの上に上がり、二次側のほこりを払い始めた。乙山は、A-13のキャビネットの前に戻つたが、丙川が既に清掃作業を始め、そのほこりが頭上から落ちてきたので、キャビネットの上には上がらず、丙川の作業が一段落するのを待つていた。その後、原告は、二次側から一次側に移り本件事故に遭遇したが、丙川は、清掃作業中、パチパチという音を聞いて右事故の発生に気付き、「原告が感電した。」と言つて飛びおりたので、乙山も本件事故に気付いて、直ちにコントロールルームに走り、CB-14開閉所の一次側のスイッチを切つて電路を遮断し、その後、丙川がA-13の一次側刃型スイッチを切つた。

4  前記のように、OCBの清掃・点検作業に際しては、OCB本体のスイッチと一次側及び二次側の各スイッチを事前に切つておかなければならなかつたが、本件事故のあつたA-13のOCBの場合、OCB本体のスイッチと二次側のスイッチは切られていたものの、一次側のスイッチは切られていなかつた。

本件事故当時、OCBの電路の遮断は、送電係長及び乙山が作成した停電計画に従つてなされる手順であつたが、個々のOCBの電路の遮断は、右OCBの清掃・点検作業に入る数日前に、送電係長から開閉所の当直員に停電計画の日程が連絡され、これを受けた当直員が事前に電路を遮断しておく場合と、OCBの清掃・点検作業に入る直前に、作業員が当直員に申し出て、電路を遮断してもらう場合とがあつた。本件では、送電係長からCB-14開閉所の当直員に対して事前に連絡がなされており、乙山も作業の数日前に当直員から口頭で電路が遮断されていると聞いていた。

また、OCBの清掃・点検作業に従事する作業員は、一人ひとりが作業を開始する前に、OCBの電路が遮断されているかどうかを確認するための検電をする義務が課せられていて、これを作業の開始に先立つて個々に行うか、あるいは作業員全員の立会いの下に代表者が行うことになつていた。そして、作業員には検電器が支給され、乙山と原告は、検電器を所持していた。ただ、丙川は、臨時に清掃・点検作業に従事したので、検電器を所持していなかつた。

5  原告は、本件事故によつて瀕死の重症を負い、一命を取り止めたものの、左上下顎歯欠損変形、肩・頚・会陰部・左手指の瘢痕変形、気管食道痿、口腔内変形の傷害を受け、一時は合併症として肝機能障害にも罹患した。原告は、これらを治療するため、後記の入院期間中に合計一八回の手術を受けたが、発音発語障害、開閉口障害、飲食物摂取障害、左上肢挙上障害等の機能障害を残し、この後遺症に対して、昭和六三年三月三一日、横須賀労働基準監督署長から労働基準法施行規則四〇条一項別表第二の身体障害等級「第一級の二号」に該当するとの認定を受けた。

また、原告は、本件事故直後、ヘリコプターと救急車で搬送されて、東京大学医学部附属病院に入院し、昭和五八年二月一五日までの一八一日間同病院に入院して、同日から東京都立駒込病院に入院し、同年六月二七日までの一三二日間入院した後、同病院に、同年一〇月一一日から同五九年五月一二日までの二一五日間、同六〇年二月二七日から同年三月二四日までの二六日間、同六一年五月二三日から同年六月一〇日までの一九日間入院し、その入院期間は合計五七三日間に及んだ。また、原告は、同六三年三月三一日に治療が終了するまで、東京都立駒込病院に通院し、その日数は、同五八年六月二八日から同年一〇月一〇日までの一〇五日間、同五九年五月一三日から同六〇年二月二六日までの二九〇日間、同年三月二五日から同六一年五月二二日までの四二四日間、同年六月一一日から同六三年三月三一日までの六六〇日間の合計一四七九日間に及んだ。

三  主位的請求原因(三)(被告の安全配慮義務とその不履行)及びそれに対する抗弁

(一)(被告の帰責事由の不存在)について

1  前記二の1と2で認定したように、原告は、被告との雇用契約に基づき、米海軍横須賀基地勤務の発電所電気工として、CB-14開閉所のOCBの清掃・点検作業に従事したが、OCB内部には六六〇〇ボルトの高圧電流が流れ、開閉所にはOCB相互を結ぶ送電線路や足場等が交錯していたのであるから、その作業現場は、人の生命身体に対する危険が極めて大きい場所であつた。したがつて、原告を指揮監督し、その安全を管理していた者は、そのような場所で作業をさせるに当たり、雇用契約に基づく信義則上の義務として、作業の開始前にOCBへの電路を遮断し、原告が高圧電流に接触して感電することのないように安全な措置を講じておくべき義務があつたというべきである。

ところで、被告は、「地位協定一二条四項と基本労務契約により、米海軍横須賀基地内での日本人従業員に対する指揮監督と従業員の安全管理は米海軍が行い、被告は、米海軍に対して適正な安全管理が行われるよう申し入れ、その援助をすることになつていて、被告は、これまで米海軍に対し必要な安全管理の申入れと援助をしてきたのであるから、被告には何ら安全配慮義務の違反がなかつた。」と主張する。すなわち、被告は、「日本人従業員に対する安全配慮義務は、被告と米海軍の双方が負つている。」と解すべきであるが、双方の安全配慮義務は別個に区別できるものであり、米海軍横須賀基地の日本人従業員に対する具体的安全配慮義務は米海軍が負うべきものであつたから、被告には原告が主張するような安全配慮義務の違反がなかつたというのである。

被告について安全配慮義務の違反があつたかどうかについては、後記四において判断する。

2  前記二の4で認定したように、OCBの清掃・点検作業をするには、事前にOCB本体のスイッチと一次側及び二次側の各スイッチを切っておく必要があり、これらのスイッチを切るのは、送電係長から開閉所の当直員に連絡が行つて、当直員が事前に切つておく場合と、OCBの清掃・点検作業を行う作業員が作業の直前に、当直員に依頼して切つてもらう場合とがあつた。本件では、送電係長からCB-14開閉所の当直員に対して事前に連絡がなされ、乙山も作業の数日前に当直員から口頭でスイッチが切られていると聞いていたし、事前にA-13のOCB本体のスイッチ及び二次側のスイッチが切られていて、原告、乙山及び丙川がCB-14のコントロールルームで雑談していたときも、OCBのスイッチについては特に話題になつていなかつた。したがつて、本件は前者の場合に該当するものであつたといえるから、送電係長は、作業開始前にOCBへの電路を遮断するように指導監督をすべきであつたし、当直員も、送電係長から連絡を受けて、OCBへの電路を遮断しておく義務があつたというべきである。ところが、本件では、A-13のOCBの一次側スイッチが切られておらず、そのために本件事故が発生したのであるから、送電係長と当直員には過失があつたというべきである。

これに対し、被告は、「送電係長から各開閉所に対してなされる通知は、電気の供給を円滑にするためのものであつて、作業員に作業開始前の検電等の義務を軽減させるものでなかつたし、OCBの一次側及び二次側のスイッチは、作業の開始直前に作業員の依頼に基づいて当直員が切ることになつており、送電係長からの連絡で事前にスイッチを切ることはなかつた。」と主張し、丁原証言には、右の主張事実に符合する部分がある。

しかし、前記二の4で認定したように、送電係長は、米海軍横須賀基地全体の停電計画を作成し、それを実行する立場にあつたのであるから、単に停電計画を各開閉所に通知すれば良かつたというのではなく、その通知に従つた措置が講じられたかどうか、すなわち、OCBへの電路の遮断についても、これを確認すべき義務を負つていたとみるべきである。また、OCBへの電路の遮断の仕方については、乙山証言及び丙川証言によつても、「送電係長からの連絡で事前に当直員が切つておく場合と、作業開始の直前に作業員からの依頼で当直員が切る場合とがあつた。」事実を認めることができるのであつて、丁原証言にもこれに符合する部分があり、丁原証言には矛盾がある。したがつて、被告の右のような主張事実を認めることはできず、これを採用することはできない。

3  前記二の1と3で認定したように、乙山は、エンジニアリング専門職であつたが、現場での経験が豊富であつたため、欠員であつた維持整備班長としての職務も事実上任され、原告は、維持整備班長の職務を引き継ぐ者として、乙山とともにOCBの清掃・点検作業に従事し、丙川は、臨時的要員としてその作業に従事したのであつて、本件事故現場での作業が乙山の合図で開始されたことからみても、乙山は、原告の実務指導者としての立場にあり、本件作業に際しても事実上チームのリーダーとしての立場にあつたということができる。

前記二の4で認定したように、OCBの清掃・点検作業に従事する作業員は、一人ひとりが作業開始前に、OCBの電路が遮断されているかどうかを確認するため検電することになつていたが、乙山は、リーダーとして、作業を開始するに当たり、自ら検電するかあるいは他の作業員をして検電させる義務があつたというべきである。ところが、乙山は、原告の「検電します。」との声を聞きながら、原告が検電しているところを確認しておらず、また、自ら検電しようとしたものの、原告が清掃作業を始めていたのを見て、原告が検電したものと思い、検電するのを止めたのであるから、これでは検電の義務を尽くしたことにならない。したがつて、A-13のOCBの一次側スイッチが切られていなかつたことについては、乙山にも義務の懈怠があつたというべきである。

被告は、この点について、乙山と原告の職務分担の違い及び原告のフォーマンAとしての職位を理由に、「乙山は、原告をしてOCBの電路が遮断されているかどうかを確認させる義務がなかつたし、自らこれを確認して、当直員に電路を遮断させる義務もなかつた。」と主張する。

しかし、被告の主張は、職務分担やフォーマンAの職位という形式的なものに基づく主張であつて、その限りでは誤りと断じ切れないとしても、それは、本件において乙山が事実上維持整備班長としての職務を任され、原告の実務指導者の立場にあつて、チームのリーダーであつたことと、原告がフォーマンAに任命された経緯等の事実関係を無視するものであるから、被告の右の主張も採用することができない。

四  主位的請求原因(四)(被告の履行補助者)について

前記三で認定したように、本件事故は、公益事業部の送電係長、CB-14の当直員及び乙山が安全配慮義務を怠つたことによつて発生したのであるが、これら米海軍横須賀基地で勤務していた日本人従業員は、いずれも被告との間で雇用契約を締結しているものの、地位協定一二条四項及び基本労務契約により、同基地内では米海軍の指揮監督を受け、被告の指揮監督下になかつたので、送電係長らが被告の履行補助者に当たるといえるかどうかについて検討する。

ところで、地位協定一二条五項には、「賃金及び諸手当に関する条件その他の雇用及び労働の条件、労働者保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」と規定され、基本労務契約には、日本人従業員の監督、指導、安全管理等は米軍側が行うものの、被告は、米軍による安全管理等が適正に行われるよう必要な申入れと援助等を行うことができると定められている。また、判例により、安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」と解釈されている。

したがつて、被告の見解のように、「米海軍基地従業員に対する安全配慮義務については、基本労務契約に基づき、被告との間に雇用契約が締結されたという法律関係に基づき、被告(日本国)と米海軍との間に特別な社会的接触関係に入ることにより生ずるものであり、安全配慮義務については、被告と米海軍の双方が負担することとなる。」ということができる。被告は、この見解に基づいて、「米軍側が被告の安全配慮義務の履行補助者となるのではない。」と主張し、「労働現場における具体的な安全配慮義務は、米軍側に委ねざるを得ないが、被告は、従前から在日米軍に対し、きめ細かな安全対策の確立による事故防止に万全を期するよう申し入れ、必要な援助も行つてきたし、在日米軍側においても、被告からの申入れに対応して具体的措置を講じてきたから、被告において安全配慮義務を懈怠したことはなかつた。」と主張している。

しかし、被告と米海軍の双方が負担する安全配慮義務が別個独立のものであつて、それぞれの義務の範囲が明確に区分され、双方がそれぞれの義務を尽くせば足りると解釈するのは相当でなく、「米海軍基地では、被告が日本人従業員を直接指揮監督することができないため、米海軍が日本人従業員に対して直接の指揮監督を行うものとし、被告は、米海軍による安全管理等が適正に行われるよう必要な申入れと援助等を行うものとするが、それは、被告と米海軍が日本人従業員と雇用契約関係を持つたことにより、日本人従業員に対する安全配慮義務を尽くす方法として、それぞれの役割を内部的に定めたものにすぎないものであつて、日本人従業員に対しては双方が一体となつて安全配慮義務を尽くすべきものであつた。」と解釈するのが相当である。

この点について、原告は、「米海軍は、被告の安全配慮義務について履行補助者の地位にあつたから、被告は、その法理により債務不履行の責任を負う。」と主張し、被告は、これを争つているのであるが、前記の解釈によれば、米海軍は、日本人従業員に対する安全配慮義務の履行について、被告の履行代行者であつたと見ることができるのであり、このような解釈を採用するとしても、原告の主張からはみ出ることにはならない。

したがつて、公益事業部の送電係長、CB-14当直員及び乙山は、米海軍の履行補助者であつたばかりでなく、被告の履行補助者でもあつたと認めることができる。

五  主位的請求原因(五)(損害)及びそれに対する抗弁(二)(過失相殺)について

1  前記二の5で認定したように、原告は、本件事故によつて、左上下顎歯欠損変形、肩・頚・会陰部・左手指の瘢痕変形、気管食道痿、口腔内変形の傷害を受け、一時は肝機能障害にも罹患して、合計一八回の手術を受けたものの、発音発語障害、開閉口障害、飲食物摂取障害、左上肢挙上障害等の機能障害を残して、この後遺症は、障害等級第一級二号に該当した。したがつて、この後遺症による慰謝料としては、金二〇〇〇万円が相当である。

また、原告は、治療のために、通算して五七三日間入院し、一四七九日間通院したのであつて、このような入院及び通院による慰謝料としては、金四〇〇万円が相当である。

2  原告の過失について検討する。

前記二の1ないし4で認定したように、OCBの清掃・点検作業に従事する作業員は、一人ひとりが作業を開始する前に検電をする義務を負つていたのであり、本件作業現場の送電線路には六六〇〇ボルトの高圧電流が流れ、その送電線路と足場等が交錯していたのであるから、個々の作業員は、自らの生命身体を守るために注意深く検電の義務を履行すべきであつた。ところが、原告は、検電器を所持していたのに、検電をしないで作業を開始し、その結果本件事故に遭つたのであるから、原告にも検電義務を怠つた過失があつたのであり、その義務違反は初歩的なものであつたから、過失の程度も大きいものであつた。

原告は、「本件事故当時は実務研修中で、乙山がリーダーとなつていたのであるから、原告には検電義務がなく、また、A-13のOCBのスイッチが切られていない状況はなかつたのであるから、検電をしなかつたとしても、原告に過失はなかつた。」と主張しているが、原告は、本件作業現場が危険な場所であつたことを知つていたし、検電器を所持して、自分でも検電する義務を負つていたのであるから、原告に過失がなかつたと認めることはできない。

3  そこで、本件作業現場と作業内容、安全配慮義務を怠つた関係担当者の義務違反の程度等を総合して、原告の過失の程度を四割と見ることとし、前記1で認定した慰謝料合計金二四〇〇万円のうち、その六割に当たる金一四四〇万円を賠償させるのが相当である。

六  そうすると、原告の請求は、慰謝料金一四四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年四月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 稲田竜樹 裁判官 末吉幹和)

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